人生かっぽ

人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

人見知りって決めつけてるのは自分自身【人見知りの克服方法】

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わたし、人見知りなんです。

とよく聞く。
当たり前だけど、人見知りの人本人からよく聞く。
聞きもしないのに、相手からカミングアウトするかたちで、よく聞く。

何を隠そう、ぼくがそう言ってしまう。
ぼく、人見知りなんですよ、と。


https://www.evernote.com/l/ACbOT4YA2qhNW6mSyG9mA5jJmazsGzG_Bu8B/image.jpg

ぼくから挨拶をしに行かないということがよくある。

人見知りなんで、と思う。

どうして人の目を見ないんですか?と言われる。

人見知りなんで、と思う。


小さい頃の記憶でよく思い出す風景は、母の膝の隙間から見える、たぶん母の知り合いであろうおばさんの顔だ。
うっすら聞こえるのは「この子は人見知りで」という母の言葉だ。

小児科の待合室で、兄が知らないおばちゃんに何歳?と聞かれて、兄は三本指を立て「さんさい」と答え、母親に「7歳でしょ」と訂正され、おばちゃんと母親と一緒に、兄がけらけら笑う姿を思い出す。
「うらやましい」という概念を当時のぼくは持ち合わせていなかったので、そう思っていたかははっきりしないけれど、何か輪の中に入れない自分の悶々とした感覚は残っている。その場でぼくが年齢を聞かれたかどうかは覚えていない。

なんだかんだで大学に入ってからも「自分は人見知り」という感覚は色濃く残っていて、他人にも公言していた。

自分で事業をしようと思ってから、さすがにそのまずさに気づき、仙台にあった巨大な本屋に行き、「人見知り」というキーワードで出てきた本を山積みに買って、読み漁った。

こちらの記事でも紹介しているのですが
https://www.jinseikappo.com/entry/51
この本がそのとき一番響いた本だったと思う。

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なんでも合理的に考えようとするぼくからすると、会話っていうものがある程度パターン化されているからすごくとっつきやすかったな。

「いやあ、私って人見知りなんですぅ」みたいなやついっぱいおるけどさ、
別に生まれつきお前は人見知りだってなったわけでもないよ。
誰が人見知りって決めたん?
自分で自分のこと人見知りって言い始めたんやろ?
たしかに今は人見知りかもしれんけど一年後治っとうかもしれんやん?
要は人見知りって初対面の人とコミュニケーション取るのが苦手なわけやん。
じゃあ初対面の人とコミュニケーションを取る能力をつければ良いだけの話やん。
なのに“今”人見知りなのに、“私”人見知りに変わってくるんよね。
「私ってこういうヤツじゃん」って決め始めるけどね。
ハナから決め始めたらなんもできんわけよ。
できることかやってみな分からんのにさ。

「人見知りなんて、生まれた時から
人見知りな奴はおらん。
ちょっと人との会話が苦手なヤツが、
『今は』人見知りなのに、いつの間にか
『自分は』人見知りって決めつけてるだけ

DJ社長さんの考え方って面白いよね。
逆説的っていうか、すっごくシンプルに
「そういや、そうだよね、そもそも」
ということを言ってくるから、分かっちゃいるけど自分が賢くなったつもりで否定してきたことがたくさん否定され返されて、スッと腹落ちする。

この言葉も、そうだ。


幼い頃から周りに言われてきたことが、最初は誰かから自分を守るための壁のように働いてくれたのに、それがだんだんと居心地が良くなり、外に飛び出たときに怖い体験をするとすぐにまたその壁の中に戻る。だんだんと自分自身がその壁を高く頑丈にし始めて、それがだんだんと要塞みたいになって、鉄壁ディフェンスになる。

「人見知りです」という言葉が
「人見知りでご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、何卒よろしくお願いいたします」という意味から
「人見知りでご迷惑をおかけして申し訳ございません」になり
最後は「人見知りなので話しかけんな」になり
「人見知りなんだからお前から話しかけてこいよ」になる。



自分が誰かと話すことができないとき、
「人見知りなんで、自分」とか
「ぼく、人見知りだからなあ」とか
言ってみたりする。
それで自分のことをどっか慰めて、それでいいよ、それでいいよ、と甘やかしているところがある。
本当はそうじゃないと分かっている。どこかで薄々は。

人見知りの厄介なところは、それがただ単に「他人に対して自分から話かけられない」ということがダメなところにとどまらず、人見知りを言い訳にいろんなところに足を運んでみるとか、電話して確かめられることを電話しないとか、「何か挑戦すべきことを挑戦できない」という言い訳にしてしまっているところだ。
そうなったら、重症。

そうやって、人見知りという要塞を自分で作り上げて、そこに閉じこもって守るべきかどうかもわからない自我を守ろうとしている。
その要塞を無理くりこじ開けてくれる猛者を「よく来たな」と上から目線で迎え入れたいだけだ。
つまりそう、楽したいだけなのだ。


気持ちの問題なのかもしれない。
けど、人見知りの克服方法は何よりもまず
「私は、人見知りじゃないんです」
と思ってみる。言ってみる。
そういうところから始まるんだろうと思う。


じゃあ具体的にどうやって話し方を身につけたほうがいいの?
っていう話はそれはそれで大事なので、こちらの本がおすすめ

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