人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

雪の國と震災のまちと、あのときの言葉と

エッセイ 家族 ボランティア 民主主義
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雪の國(くに)の朝は、雪かきから始まる。

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雪をかきながら、あのときの言葉を思い返している。
「家を手伝えない人間が、他人を手伝えるか」


「明日はかなりの雪が降っているだろうからなあ」
案の定今日は、どっさりの雪。


ぱっと見、軽く積もってるだけで
無視できるかのようにも見える量だけど
いざ車を動かしたり、ものを動かすには大変で。
自分の家の前の雪をかかないことには
生活が始まらない。動き出さない。


だから
フードをかぶって、腰を入れて力を込め
せっせとかいていくのです。


勢いあまって、近所の前もかいてしまう。
「あら、ありがとう」
なんつって、近所の方から感謝される。
嬉しくって余計に、かく。


そうそう、これだこれだ、と思い出す。


未明に、ひとつ、ずどんと、大きくまちが揺れて。
そのせいもあって、今日の雪かきの頭をよぎるのは
大きな地震を経験した、あの時期のこと。


ちなみに
「震災から何年」
と言っていることに「もう大丈夫だろ」と
半分うんざりしていたぼくだけど
実のところ、年月が過ぎるほどに
あの瞬間の記憶が嫌な感覚になっていっている。
家中の物が崩れ落ちる音のする中、
家の中の家族を大きな声で呼び回った感覚。
あれが、実はこびりついて
思い出すと、嫌な感覚に潰されそうになる。


あの時期
比較的平穏そうに見えた我が家を飛び出して
まち中に溢れる困りごとを探して回って。


けど、そのとき家族に言われたのは
「家を手伝えない人間が、他人を手伝えるか」


そのときは、反発していたのだけど
様々なことを経験した今、それはそうだ、と言える。


あの日、家の前にはきっと大きな雪のようなものがあったのに
ぼくは、それを大丈夫だろ、と無視してとんでいった。


きっとそれは、他人の家の前の雪をかいたほうが、
ありがとう
って言ってもらえたから。
ありがとう
に値する自分だと感じられるから。



だからまず、家の前をかく。
せっせとかく。
余力があったら、近くの家の境界線もかく。
このまち中全部は、かききれないけど
それくらいならできる。


あのとき、あの時期の
不安感やノスタルジーが絡んだみたいな感覚を、
雪と一緒に腰を入れて、せっせとかいていく。


人生を、かっぽしよう
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