人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

確実に、老いている

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少し前、1ヶ月前くらいだろうか、
23時過ぎてからしっかりごはんを食べることをほとんどしなくなった。


「内臓の疲れじゃないかな」


医学知識を持つ友人にそれとなく笑い話で話したら、そんな返答がまっすぐ投げられて、どんな顔をしていいか分からなくなった。

内臓の疲れ。

聞いたことはある。

何度もある。

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けど、いまいちぴんとこない、いわゆる「いまピン」だったのは
そんなことはぼくにとっては別世界の話だと思ってたから。

そんなものは後期高齢者の方々の相棒であって、ぼくにはまだまだまだまだ先の話だと思っていたから。

っていうか、後期高齢者になんかならないと思ってた。

なんていうか、
昔チーターって大きくなるとライオンになると思ってたんだけど、じゃあどうしてチーターのままのやつがいるんだろうと思ったぼくは、そうか「ライオンになんかなるはずない。ぼくは足が速いチーターだ」って思ったやつがライオンにならないんだと思ってて。

なんかそういう感じで、
ぼくも高齢者なんてものにはならないんだと無意識のうちに思ってた。

けどまぁぼくはチーターなんかではなく、小さいライオンだったわけだ。
小さいときは足の速いチーターであると勘違いしてライオンになんかなるわけがないとか思っちゃったりしてる、ライオンだったわけだ。

ライオンとか言うとカッコいいけど。

そんな何の疑いもなくもさもさ思ってたことが、
「内臓の疲れだよ」
という言葉でフーセンがぱちーんとはじけるみたいに消えて、今まで見えなかった目の前のリアルが現れた。


君は、ライオンなんだよ。


なんて、チーターだと思ってたやつが聞いたら、やっぱそれくらいびっくりすると思うんだ。


なんでそんなふうに考えるようになったんだろうか。



と考えてみると、それはきっと、ぼくが最近まで囲まれてきた環境が大きかったんじゃないかなあ。


大学以降、周りはみんな後輩。
唯一のバイト先での年が近い人との関係も、
バイト先を家庭教師に変えてからというもの、めっきりなくなってしまった。


そういう中で、自分がきっと
「若い世代」
なんていうざっくりと大きなくくり方の中に入れてもらって、
「老い」
とは別のところにいた。


気づけば28歳で
29歳になんなんとする2017年が始まり
30歳である。

いい大人である。


あんたも若くないんだから不規則な生活しないのよ。
という母親の言葉がどこか他人事だったわたくし。


酒を夜中までガブガブ飲んで終電乗り過ごしてネカフェで過ごそうなんて
そんなものを当たり前の選択肢に疑いもなく入れていた頃の自分が信じられなくなってきた。


人間誰しも若い時でも無理をすると
「あれおかしいな」
「調子悪いな」
「疲れてるなあ」
っことがあった。

で、ぼくもあった。

で、つい最近まであった。

ずっと腹の下が気だるいみたいな。

ずっと腹の下が眠たい感じだみたいな。

で、それが長く続いた。

で、気づいた。

気付かされた。



「内臓の疲れじゃないかな。」


この言葉に。


あ、この状態がデフォルトなんじゃねえかと。

あ、これ「異常」じゃなくて「通常」じゃんと。

静かに、ぼくの基本能力が下降してきたのだと、
やっと気づいた。


なんにもおかしいことなんかなくて

これからはこのおかしさとずっと歩んでいく必要があるんだと。


就職という大人の階段を登ってから一年になる。


「大人の階段を登る」ということは、
「老いていく準備をする」ということであり
「老いと付き合っていく」ということであり
それは
「自分が欠けていくことと向き合っていくこと」
ということなんだと気づいた。

きっと武士の時代の元服した人もこんな気持ちだったんだろうと思う。

戦える身分になるということは
戦って命を落とすかもしれない身分になるってことなんじゃないかと。

ぜんぜん元服について詳しくないんですけど。


今は、この内臓の疲れという伴侶と付き合っていくべく
お昼ご飯の量を格段に少なくし
夜の食事の時間を遅くにしない
という対応に追われております。


今は、ここ1週間前から続く微熱と鼻水とが、もしかしたら風邪じゃなくて花粉症なんじゃなかろうかと思い始めて、できれば花粉症とはすれ違うことすらなく墓場まで行きたいと思っていたぼくは戦々恐々としている。


人生を、かっぽしよう