人生かっぽ

人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

「自分らしさ」を旧友の結婚式で見つけた

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友人の結婚式に参加したら、

昔の自分と出会いました。

なんて言ったらキモチ悪がられること請け合いなんだけれども。


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ほんとうに素晴らしい結婚式で、
ぼくが大学時代に好きなことしまくって
暴れていたときからの友人だったので、
とても感慨深いものがあった。
ほんとうにあのときは、いろいろやった。
お金儲けをしたくて、いろんなことに手を出したりとかね。
うん。
いろんなことに挑戦して、
いろんな失敗して、
罵詈雑言をはいて、
いろんな迷惑をかけていた時代を思いだした。

思い出しながら、
次々に運ばれてくるとても美味しい料理と
その料理に合うのでいかがですか?とおススメされるお酒の数々を
首を横にふることを知らぬ私はじゃんじゃか飲みまくって
気づけば全身が心臓のように鼓動を打っておりました。

気分もだいぶよくなったときに
ぼくは新郎の友人だったので、新郎のもとへと寄ると
新郎が新婦に
「この人はこんなことやあんなことを教えてくれた人でさ……」
とぼくのことを紹介してくれた。

その内容がなんとなく気恥ずかしいと同時に
ああ、久しぶりにそういう立ち位置でぼくのことを語る人に会ったなあと思った。



いろんな目新しいことを調べて、
とにかく夢を語り、未来を語り、あるべき姿を語り
挑戦しまくっていた、あの頃の自分。


いたよなあ、いたいた、そんな自分。

自分のことを話してくれているのに、
それはまるでうりふたつの双子の弟の話でもされているかのような感覚で
褒めてもらってうれしいのに、自分ではなく、自分の大切な人が褒められているような感覚。

そのあと、新郎含むごくごく親しい友人で飲んだ時も
そうだった。

「大地さん、あのとき大地さんに会ってたから、いまここでこんなことしてます」
なんて話をしてもらって。

なんだかうれしく、そしてぼくの大切な人が褒められている感覚。

そのうち、もうひとりが
「自動運転についてなんだけど……」
と話出し、いつの間にか物流のこれからについての話になり。

そこに熱くなって話しているぼくがいた。

そしてふっと気づくと、ああ、いまぼくは、「そういうぼく」じゃなかったのか。
と思った。


ぼくらの真ん中にある話題はいつだって
「これから、どんな楽しいことが世の中で起こるか」
で。

そこに勝手に責任を感じて、勝手にあっちゃこっちゃと手を動かしていた。

会社に入ってからは、他人との真ん中にある話題は
「今日までの仕事はどうだったか」
で。


ぼくとしてはずっとそういう情熱のようなものを忘れずに過ごしているつもりだったけど
どうやらそうじゃなくなっていたということに気づかされた。

目の前の仕事。
目の前の仕事。
目の前の仕事。
ってなってしまってる今のぼく。


そんなぼくを、見つけた。




自分らしさ。

「自分がどんな人間であるか」
なんて、どうやって気付いて、確信を持つんだろう。



最近読んだ本のなかに、「自分らしさ」の見つけ方について書かれていたことがあった。

たとえば、就職活動を控えた学生たちが、「自分らしさを見つけなくては」と自己分析に励んでいますが、そもそも「 自分らしさ」とは、「 自分は他者とどのように違っているか」ということです。だから、自分と他者の違いは、 他者と関わり、 他者と対比する中からしか見えてこないのです。「 私はおっとりしている」 という自己イメージは、自分自身を見つめるだけでできあがってくるものではありません。家族 や 友人との関係の中で、他者との違いを思い描いたり、 周りから指摘されたりすることで、気づいていきます。

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自分というのは、自分以外のものとの比較でしか見えてこない。
だから、自分以外のものを見たり、自分以外のものと語ったりすることで
「あ、自分こんなこっちと比べるとこうなんだなあ」と気づくしかない。


そう考えると、「過去の自分」も「現在の自分以外」という意味では、「他人」と呼べるわけで。

だから、今回の結婚式に参加した時に
他人から語られる「過去の自分」の姿が、
「他人」に思えたわけで。


結婚式はそのときの自分のことが語られる。

その瞬間、現在の自分と比較される。

そうして、現在の自分が浮き上がってきて。

「現在の自分はどうだろう?」
というクエスチョンの前と向き合うことになるんだと思うんです。


そういう意味では、旧友の結婚式っていいよなあって。


人生を、かっぽしよう。