人生かっぽ

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

なぜ「気配り偏差値」が高い彼が逆に人にイライラしてしまうのか

コミュニケーション 恋愛
follow us in feedly

周りの人がびっくりするくらい気がきくのだけども、
その裏ではいつも愚痴を言っているという、彼。
やれ、
「あいつはいっつも人の恩を仇で返す」とか、
「こっちは話聞いてんのに、あいつは話全然聞かない」とか。


気がきくことをしたいと思っている気配り偏差値が高い彼だからこそ、自分でイライラの原因を作っていました。


rice cakes 丸餅
rice cakes 丸餅 / kuromeri


気がきく人にも二種類いる

Café con leche - Milchkaffee (CC)
Café con leche - Milchkaffee (CC) / marfis75


その話になったのは、
確か友人の、とある先輩男性が
いつも人間関係の愚痴を言っている
という話のくだりだったと思う。

「気が効く人って、2通りあると思うんだよ。
 自分が人に気を効かせているって自覚している人と、そうじゃない人」
友人が言う。

「ああ、なるほどね。
 ギブアンドテイクな人いるよね。
 こんだけやってんだから、こんだけ返ってきて当たり前の人
 おれはさ、ギブアンドギブアンドギブアンド ギブン(与えられる)で良いと思うんだよなあ」
とぼくが言う。

それに対して、友人はまだ足りないというように首をひねる。

「本気で人に気をきかせてる自覚のない人は、ギブンもないんだよね。
 与えられるとかも欲しがってるようには見えない。
 もはや「ギブ」っていう感覚もないんだよね。あの人ら」
まるで仙人でも語るような感じになる。


「その先輩さ、考えてみれば万事が万事そうで。
 『悩み聞いてあげた』とか『困った時に受け止めてあげた』とか『本音を言ってあげた』とか、
 全部語尾に『あげた』がついているんだよね。
 全部あげたものとカウントしてる」

耳が痛い。自分もそれに近い感覚だった。
「あげた」なんてはっきりとした自覚はないけれども、
「自分良いことしてるなあ」ぐらいの感覚はあった。

なんでこんなに自分が気持ちをさらけ出しているのに、心を開いてくれないんだ、とかね。


「じゃあさ、気をきかせているという感覚がない人たちは、どんな感覚なんだろ」
とぼくが質問をすると
友人も、おれも自分がそうじゃないから分かんないけどさ、という補足付きで
「あの人たちってさ、あげるのが幸せそうなんだよね。
 良いことしているって感覚じゃなくて、
 本当に自分の好きな感覚をシェアしてるって感覚」

よく分かんねえなあと思って、「例えば?」とさらに突っ込むと

「例えばサラダ分けてるのとか、本当に自分がそういうこと楽しそうだから分けてる感じ。
 サラダ分けるのが楽しそうなんだよね。
 鍋奉行とかさ、鍋作るの本当に好きじゃん。鍋」

まあ、確かに鍋奉行がやってあげてる感で鍋作り始めたら、果たして鍋奉行なのだろうかと思う。

「悩み聞いているときも、
 彼ら本当にその人がどんな風に悩んでいるか興味持って聞いているんだよね。
 信じらんないよね」
「そんなやついんのかよ」
「いるいる」
少なくとも、ぼくは真似できねえなあと目線を外してコーヒーをズルズルすする。


「たださ、気をきかせてあげまくって返って来ないとさ、辛くない? さすがに。
 例えば、自分が働いたらお金が返ってこないとか、嫌じゃん」

「そういうのは、ちゃんと断ってくる
 びっくりするくらい断ってくる」
「断ってくる?」
「これ以上は、ごめんなさい、無理ですって言うんだよ
 あとは自分があげたくないものは、徹底してあげない」
「へえ」
「もはやテコでも動かないよね」
「意外」
「たぶん、いつも素直にあげてるからあげたくないものはそっちも素直にあげたくないんだろうね」


そういうもんなのか。


Give=Happy=Lucky

rice cakes 丸餅
rice cakes 丸餅 / kuromeri


「あげている」
という感覚は、どこかで「投資」
になっているのだと思います。
これだけあげたんだから、これだけは返ってくるだろう。いつかは。
みたいな期待感になってしまう。

サプライズの話でも、それはしました。
「ために」という感覚が、いつの間にか、「してやったのに」になる。


そうすると、気がきく人になりたかったのに、自分を苦しめる結果になる。


思うに、素直に気がきく人っていうのは
Give(ギブ)アンドなんちゃらとかじゃなくて、
Give=Happy(ハッピー)なんだろうと思う。

で、もし何かしら返ってきたらLucky(ラッキー)くらいの気持ちなんだろうなあ。

Give=Happy=Lucky
みたいな?
そういう人ってとても憧れる。

昔新築の家の上で家内安全やら災払いのための餅を投げる儀式がとても面白そうだなと思っていたけど、
あの時「ああ、餅投げたら楽しそう。うちも新築にしないかな」と思ってたなあ。
「餅を投げたらこれだけ返ってくるなあなんて思ってなかったな」なんて思わなかった。
そういう風な気持ちで、ぼくも過ごせたら。

そういう人、周りにいますか?


関連する記事
『正直、サプライズに、彼女はウンザリした』
『仕事ができる組織は トイレ掃除ができると思う』
『本当に? 彼女に対して「やりたいことがあるから」時間取ってあげられないの?』



人生を、かっぽしよう
%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A2LINE.001

スポンサードリンク


ブクマ(コメント)いただけると嬉しいです
このエントリーをはてなブックマークに追加

最近の記事一覧へ

いいね!で定期更新情報や今読んでほしい過去記事などの情報を受け取る

書いた人のTwitter見てみる


Facebookフォローで情報受け取る方はこちら↓



毎日記事アップ中。このブログをフォローする。
follow us in feedly