人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

他人がヘマした。そのとき彼が言えて僕が言えなかった気配り上とても大切なこと

コミュニケーション はたらく ストレス 挫折
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「それで? うん、うん」
深刻な声ってのは、どうして周囲の声から目立って聞こえるのか。

新幹線のみどりの窓口でチケットを買っているときのこと。
その中年男性は電話で話をしている。

「で、今はどうなってるの?」
「うん、重機?」
「いい、いい、動かさなくていいよ?」
「おお、うん、そこは大丈夫なのな」

下に作業現場用の制服を着ているあたり、建設系の仕事をしている人かな。
たぶん口調からして、部下との電話だろう。

内容は、深刻そうだった。


駅の周りって、特に深刻な電話をするスーツ姿が多い。
ひたすら不機嫌そうな電話やひたすら誰かを怒鳴りつけている電話
そういう風景な日常茶飯事。

この男性は電話の様子を聞いて予想するに、たぶん現場でトラブル、
工事が今後予定と大きく変わるような事態になっているようだった。


ただ、ぼくはその男性の一言一言が、いつもの駅の電話たちとは違って、強く響いていた。


「鈴木、鈴木、いいから、大丈夫、落ち着こう」

「誰もケガはないのな?」

「大丈夫ね?」


Escaped Souls
Escaped Souls / Kurayba

小学校のころを思い出す。
友達とふざけていたとき、ぼくが花瓶にぶつかって、花瓶が割れた。
クラスの子が報告のためにすぐに先生を呼びにいった。

先生が入ってきて
「触らないで触らないで」とすごい剣幕で周りに言った後に、
ぼくら二人を見て言った。

「誰がどうして割ったの!」

周りが割れた花瓶を片付けるためのホウキやちり取りを持ってくるために慌ただしく動く中
ぼくら二人だけが先生の仁王立ちの前で時間が止まっていた。
慌ただしく動く中には、そんなぼくらをニヤニヤして見たりどことなくその騒ぎに楽しそうにする人もいた。


ぼくは、この記憶がすごい悪い印象でこびりついていたのを思い出した。

そして、このときの、男性の電話で思い出した。
あのとき、たぶん印象が強くて、そこはかとない寂しさを抱えてしまったのは
とにかく真っ先に、原因、犯人、ぼくらの悪い部分を問い詰められたからだと気づいた。



お前らはやっちゃいけないことをやったんだ。
反省しろ。
ネガティブになれ。
それがまず先に来た。

この花瓶のことだけが原因ではないけども、
こういうことが積み重なっていくことで
自分すらもそうなっていた。

誰かが失敗すると、まず反省を促してしまうように。

「なんでそうなったの」
「反省しな」
「信用は低くなるよ」
……


「まず落ち着け、うん、落ち着こう落ち着こう」
何度も繰り返すようにみどりの窓口の彼の言葉が耳に安心感として入って来る。


この言葉だったのかもしれない。
あの日、花瓶を割ったときに、まずぼくが欲しかった言葉は。



まず「お前のせいだ」は窒息させていくことになる


次に進むことよりもまず、犯人探しや問い詰めるための原因探しが始まる。

これは、誰かを「窒息」させるだけです。


人間はある一定の時代から、
人間自身を「本来なら状況を踏まえて正常に判断できるもの」として考えるようになりました。

その考えは、法律に「過失」として現れるようになったのです。

過失=一定の事実を認識することができるにもかかわらず,注意を怠ったために(不注意で)その事実を認識しないこと

本来ならできるのに、不注意というある意味「サボり」という無能さで、失敗・ヘマは起こる。

けど、本当にそうなのかと思うんです。



人間は、正確に動けるわけではなくて、
正確に動けることに憧れ、トレーニングをしているだけなんではないか
と思うのです。


自宅の鍵をかける行為ひとつとってもそう。
今日できたことが、明日になるとできないこともあります。
そしてそれが1年後前触れもなくできないこともある。
そのとき人間は「ボケてた」「抜けてた」とか言うわけで。

また、気持ちによってできることもあればできないこともあります。
今日気分が良いからできたことが
明日は気分が悪いからできないこともあります。
気分が良いから見渡せていた風景が
気分が悪くて下ばかり見ていることもある。


人間は、予定通りいかない。
一貫していないし、不注意だし、失敗する。
ただ、できるだけ予定通りにしたいと考えがちなだけで。


それなのに、誰かがヘマをしたとき
ヘマをした誰かを単なる不注意なのにどうしてできない、と始めても
それは指摘する側の勘違いだろうと思うのです。

本人が一番「やっちまった」と思っている。
だから、次に進むためには、まずは心と体のケアをしないといけない。
元気がなかったら、次を考えるために反省することもできない。
どんどん八方塞がりになって、窒息するだけ。
窒息すると、さらに失敗したりする。

それじゃ、お互いに不幸。


だから、
解決を急ぐあまり、何かや誰かを責めることから始めるってことは
実は一番危険なことなのだろうと思うわけです。


 ***


昨日の「スープの気配りの一言」についての記事でも書いたのだけど
自分に不都合なことが起きたとしても、真っ先に言うことが確認である人は、素敵だと思う。


あくまでフラットに。
次のために、まずは何ができるか。
そのために、ネガティブにならぬよう。


あの人の部下はきっと働きやすいと思ったし、自分もそうなりたいなって思うのです。



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人生を、かっぽしよう
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