人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

バイトは人生である

ブログ はたらく バイト お金
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モップが揺れている。



重苦しいため息を垂れ流しながら
今日何時間働くんだっけ?

と頭の中で電卓がカチカチカチンと動く。

導き出された計算結果。

せいぜいそんなもんか。

自分で選んだ仕事。

せいぜいそんなもんなのか。

終わった後の待っているだろう楽しいことを巡らしながら
モップをうつろうつろと左右に動かす。


バイトの僕の時給は
720円とか
680円とか

平成の世において
お世辞にも良いとは言えない額だ。


安い時給。


毎月のATMを見て、振り込まれている額を見ると
よっしゃと言う日もあれば
こんなもんかよと憂鬱になるときもある。

モップをよたよたとさせる毎日を過ごして



時給×時間=月の収入
という計算式が

時給×時間=僕の価値
という計算式にすり替わる。




こんなもんか。

こんなもんなのか?

そうじゃないはずだよな。

なんかおかしくないか?

自然と持っているモップにも力が入る。

レジをちらっと見る。


こうやって一生懸命モップを振っている僕も
ああやってかったるそうにレジを動かしているやつも

同じように1時間に決まった額が払われる。


そんなわけない。








喉が渇いて今にも死にそうな人に
すっと100円で買った水を差しだせば
それは数百万数千万の価値にもなるだろうし
人生数十年分を生きながらえることになる。

孤独で孤独で今にも死にそうな人に
一粒一粒の輝いた言葉を1分間かければ
それは数百万数千万の価値にもなるだろうし
人生で数十年分を生きながらえることになる。


状況や人が変われば
万能だと思っていた時間やお金の尺度への信頼は
ぐらんぐらんと揺れはじめる。



本当は
そんな数値では測りきれないことなのかもしれない。




相手のことを考えて
すべき相手にすべきことをする。


りんごを食べる記憶。
それがTimeやMoneyという数値ではなくて
Lifeという感動なのではないか。




Life=人生

人が生きると書いて人生




もしかしたら
自分の時間を単純にお金に変えて
その時間を犠牲に
何か別の時間を充実させようと考えていた僕は

そう、モップを単純に右往左往させていた僕は

人が生きる状態ではないのかもしれない。


そのとき
僕は何だったのだろう。




Timeだったのだろうか。

Moneyだったのだろうか。


いずれにせよ虚ろだった。

定規のような僕が思い浮かんだからだ。





時間もお金も多くをかければ良いということではない。

その時に得るべきものを得るべき分だけ。

それが人生。


お金を得るために時間をかけても良い。
時間を得るためにお金をかけても良い。
どうせそれらは単なる数値だ。


けど、最終的に人生に向かう。



僕は定規にはならない。

僕は人生を全力で得る。



そしてモップは、右往左往する。

はたから見れば同じように。

けど、僕だけは分かっている。




PS

この記事は前回の
『時は金ならず』
に対してFacebook上で寄せられたコメントをもとに書かれました。
ぜひこちらの記事も読んでいただければ
より面白く読めると思います。

「Time is Life!まさにそうだと思います:D  ただそれでも僕はTime is Money だと思います。どちらもそれ自体には価値がなくて、それをどう生かすかっていう可能性そのものだと思うからです。ある程度はこの二つも交換可能ですし」

というコメントや

「こういうのって程度の問題かなって思ったりします。セコセコしてもつまらんし、どやーって豪快に使うのもなんかちゃうし。blogの中にあったみたいにスマートに使えたら良いですよね」

というコメントに対する応答が

色濃く反映されています。

コメントありがとうございました。


読んでくれた方でコメントをいただければ
そのコメントをもとにまた記事を書かせていただきます。

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