人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

「説得」とは「正しさのゴリ押し」ではない。と僕が友人に気づかされたある日のこと

コミュニケーション 大学生活
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もういい、君らには分かんない話だったな
と、心の中では思っていた。


彼らは何も言わない。


「説得」という言葉がある。
その言葉をぼくは、こう思っていた。


じぶんがやるべきこと、みんながやるべきことを、誰がなんと言おうと「強く」貫いて、飲んでもらうことだ。


「正しさ」と「得」ということの区別。


人を「説得する」ことに必要なことは「正しさ」ではなかった。


なんで分からないの?

Natto Soba - 01
Natto Soba - 01 / rieh

キレる。。


きっかけはじぶんが今頭の中で考えていることをバーっと話したとき。


ものすごくいいことを考えて、「これはやるべきでしょ」ってことを考えた。
きっとやればいろんな大学生の不満を解消できるし、大学はもっと面白くなると考えた。


SNSを使って他の大学生のことを紹介して、誰か他の大学生に回すというアイディアだった。


その頃の通っていた東北大学は、学内にどんな人がいるかもわからない状況で、
ぼくはそれがたまらなく不満で、その状況を変えようと思っていた。


だからこれを考えたときは「よっしゃ、これは面白いぞ」と思って、
いつも面白いことを考えたら話を振るような仲間を捕まえて、講義終わりに話をした。


十数分アツい思いをバーっとしゃべりながら、
ホワイトボードにはその思いの痕跡みたい黒いインクがほとばしるように残っていた。



「どう?」
火照った感じでみんなに話をふる。
どう?なんて聞いたけれども、いいでしょ?最高でしょ?という意味で。


けど、みんなの反応は違って。


ふんー……という考え込むため息しか聞こえてこない。


だから、あのね、これはこうでね、だからこうじゃん、そうすると大学はさ…
とさらに熱を込めて付け足した。



けれど、反応は変わらず。


だから聞く。
何?どっかマズい?と。
プチ逆ギレする。理不尽である。


「んー。面白いんだけどさ、あんまりやる気が起きないっていうか…」
ひとりがそう口を開く。


「んーそうだね」
よくぞ言ってくれたというふうにもう一人も口をそろえる。


「面白いかどうかってのもそうなんだけど、やるべきでしょ」
逆ギレわたし。


「やるかなあ?これ、他の人」


そういう感じを目にして、
分かった、もう一回練り直すとは言ったけど、
なかば「もういい、君らには分かんない話だったな」という気持ちだった。


あなたの言うことはいつも正しいよ

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「説得」に対して大きな価値観が変わったのは、ある友人と話していたときのこと。
「ちょっと相談に乗って欲しいことがある」「じゃあ飲みに行こう」
と言って、二人で飲みに行った。


話したいことは、もちろんあのアイディアのこと。




この前みたいに一通りアイディアを話す。
そして、熱っぽくなったついでに、
話しても全然理解を得られなかった、分かってくれないとかおかしくね?みたいな話をした。




そうすると、この前のみんなみたいな顔をする友人。
悪い予感。



「いや、ぶっちゃけね。
 大地の言うことって、いっつも正しいんだけど、
 それ誰が得するのって感じがするんだけど…」


得?は?


「世の中にいいとは言ってもさ、面倒くさいことってみんなやりたくないわけでさ
 そこがどうしてやんなきゃいけないかわからないっていうかさ……」


「だから得って何なのかなって?やりたくなるような得を聞けばやるかも」


その一言でふと思い出したのは、大学のゼミの中でじぶんの解決策に質問されて意味が分からなかった経験。


「佐藤さん、それは公平な仕組みだとして、はたして市民は動くんですか」


いや、動くんじゃないですか、と答えたけど、
どうして?と問われれば、それは、いやその論理的に正しいからじゃないですか、と。
やるべきだからじゃないですか、と。



そんなことが、その友人の一言でびびびっと電気が走るようにつながって。



ああ、勘違いしてた。
ぜんぜん勘違いしてた。




そのときまでのぼくは、やるべきことで、仕組みとして完璧だったら、みんなやると思ってまして。

っていうか、なんか損得で人を動かすのが「汚い」「卑怯」だと思ってて。


けど、そうじゃなくて。


正しさは得で動くんだ、と気づいたのです。

「嬉しい・楽しい・気持ちいい」
コレ。

それは
「いくら儲かりますよ」かもしれないし
「これだけモテますよ」かもしれないし、
「これだけキレイになりますよ」かもしれない。

そして「説得」というのは、
これらを見えない相手にきちんと見せることで。
「正しいだろ、こっちのほう」とゴリ押しすることではなかったのです。


そのことに、やっと気づくことができました。

そしてこの感覚にしっくりくる言葉がきたのは、その数年後のことで。


「『説得』ってのは、『得を説く』んですよ」


「じぶんがやりたいことや、優先したいことが、相手の優先したいことにピッタリはまりますよ。そう説明するのが、説得ですからね」

そのとき、あの日友人の言葉で気づいたことにストンと言葉がおりてきて。



「得を説く」
だから「説得」


なるほど、と。


人生を、かっぽしよう
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