人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

ぼくが「老害」と化す瞬間が見えた。老害は若い頃から始まる

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いつのまにかFacebookで「いいね」をしなくなってるじぶんに気づく。
「いいね」よりも「へえ」とか「ふうん」ボタンとかあれば、ぼくは連打してる。


これじゃいかんと思った。
ぼくは老害になっていると思った。

Kindle破産をしかけました


sweet dreams are made of cheese
sweet dreams are made of cheese / ** RCB **

Kindle破産をしかけました。


数ヶ月間、本を買って読むということをあまりしなかった時期がありました。

読んでも立ち読みで済ましたりとか、図書館で読んでチラ見で終わらせたりとか。


それで、仕事をする上でどうしても本を読んだ本が良いときがあり、なかばしょうがなく本屋に行ったら
もう、本が面白く感じすぎて、「おいぃ、本おもしれええじゃねええかあ」ってなり
そこで、読書熱が増進しました。


そこで思い出したのは、買ったはいいものの、ひさしく放置していたKindle端末の存在。
排水溝にはまった愛犬ポチを救出するがごとく、Kindle端末ポチと再開したのが、悲劇の始まりでした。


このKindle端末ポチは、本当にポチで。

読んではポチって、読んではポチって、読まないのにポチって、ポチってポチって。
ポチがね、ポチを要求してくるんですよ。


気分はね、回転ずしですよ。
取ってから後悔するパターンです。
だれだこの特選サラダ軍艦とか取ったやつ、みたいな。
おかげでポチのせいでKindle破産しそうになりました。
おそろしいところですAmazonってのは。魔物がいますよ。ポチは魔物でしたよ。



まあそんな感じで、しばらく忘れかけていた読書の楽しみを取り戻すと同時に、思いだしたことがありました。


それは、みずみずしいまでのじぶんの感性と、世の中への興味でした。


そして同時に見えてきたのは、
おそろしいまでにカッチンコッチンに固まった自分の価値観と、
それによって他人を排除していたじぶんの老害さでした。
ちなみにわたしはピッチピチの27歳です。




本を読めば読むほどに、いろんなことに対して興味が湧いてくるわけで。

これ読んだな、お、あっちからも素敵な本が流れてくる。
とりあえず面白そう!
ぼく今ならそれ行けそうな気がする!
お兄さんそれくださいな。

そうやってバーゲンのお母さんみたいに
がっぽがっぽカートに放り投げてきたから、Kindle破産の方程式が成り立つわけですが、
同時に、こうやってどんどん腹ペコという名のカートにじぶんの興味を放り投げていくと、
それは「ぼく、それ興味ありまっせ!と、世の中を受け入れていくことになるんだと、気付いたんです。



老害ができあがるまで

Cheese of Akrotiri
Cheese of Akrotiri / Klearchos Kapoutsis


どうしてそもそもぼくはいろんなことに興味を失ってしまっていたんだろう。


よくよく考えてみれば
ぼくらにはうっすらと自分橡みたいなものがある。
「キャラ」っていったほうがわかりやすいかもしれません。
それは「常識」や「正義感」ともくっ付いている。


例えば、ぼくら都会の大通りで突如として半裸になったりしません。

そういうふうに、ここだったらこうしねえよな、という常識がある。
で、どっちかって言うと、この常識で考えるのはけっこう遅い。大脳って場所。
何かを見て、そこから一度頭のなかで会議がかけられて
「はい、それ非常識!」みたいに判決が下ったら、やるのをやめる、みたいな。


ここまでひどいことじゃなくても
たとえば、タイムラインをながめてるときに、そこそこ仲良い男子がですね、アイドルのポスターを横にして
「〇〇ちゃん!やばい!好きすぎる、やばい!好きだ」
とか言っていて自撮りした画像を載せていたとき。

その反射的に「いいね」をつけそうになった親指は、
カウントツーストライクでギリギリのボールにやや手を出しそうになったバッターのごとく、止まる。
そうして頭の中で会議をかけられ、
「いや、わたしはこれを押したらそっちの仲間になってしまう」
と判断し、その親指は下から上へとスクロールすることを選ぶ。


そう、こうやって、何かを見てから、脳内で会議が開かれ、裁判長・わたしが「じぶんの見せたいじぶん」から判断をする。

そうして判断していくと、3割方バットスイング状態から、今度はどんどんと見逃しの玉が多くなる。
最初っからね、フォアボール狙いですよ。
相手がストライクに入れないことだけを狙って最初から打席に立つみたいな、
打つ気ないでしょ君ね、みたいな。
甲子園球場だったらおそらく袋叩きに合うようなバッターが育つわけですね。

幼き少年のころであれば、勇猛果敢に振っていたであろう、あのボールすらも興味を持たずバットを振らなくなっているじぶん。

気づけば、心のなかで沸き立つわずかな興味に、じぶんで嘘をついて、
スルーしているじぶん。


そうして今度は、スルーするどころか、
わけわかんないことに「は、意味わかんねこいつ」とディスり始めたり
幸せ系の投稿に舌打ちをし始めるじぶん。
「これにチャレンジしてます!」っていうものに心の中でだとしても「うまくいくはずねえだろ」とこきずり落とすじぶん。


こうやって老害は完成していくのです。


みずみずしい感性を失い、無批判に他人をまずは受け入れ、そこからじっくり付き合うような
「キャラ」「自分像」「正義感」「常識」
そういうものが出来上がるからこそ、ぼくらは老害と化していく。

ぼくは頭のなかにいる裁判長を恨んだ日もありました。



ノータイムポチりで老害を脱出せよ

Cheese
Cheese / julesjulesjules m



では、この老害を打破するために。

「ノータイムポチり」という言葉があります。


投資会社インフィニティベンチャーズの小野裕史さんのつくった言葉。

この小野さん、おそろしいのが
Wii Fitのゲーム上の運動から始まり、気付いたら趣味なのに南極と北極でのマラソンにまで発展していた、という。
頭おかし……ものすごい尊敬する方です。


「ノータイムポチり」ということばの意味ですが
簡単に紹介すれば
「考えないでポチる」「考えないで決める」ということ。
つまり
「大脳による理性的な判断をやめて決める」ということ。


これが老害打破につながるわけです。


小野さんの言葉を借りて、もう少し説明します。

変化のチャンス、チャレンジというのは簡単なんですけど、何が最大の敵なのかと僕なりに考えたんですね。「失敗するんじゃないか」とか、「熱っぽくやってかっこ悪いんじゃないか」とか、「失敗しちゃったらやり直しきかないんじゃないか」とか。

これは残念ながら我々の常識なんです。

古い常識にとらわれていると、どんどん古い人間になっていって、60〜90億人いる中で埋もれていってしまって、死にはしないかもしれないけど、死ぬかもしれないし、つまらない人生になってしまうかもしれない

ノータイムというのは考える時間を与えないんです。理性を捨てるんです。常識を排除しちゃうんですね。考えるヒマを与えない、大脳を使った時点で負けです。脊髄反射でポチッとやってしまう

以上、引用はwww.huffingtonpost.jp


こうやって理性的に考えなかったら受け入れなかった価値観を裁判長を通さずに採用してしまう。



でも、さすがにここまではできない……
と考えてしまう。

そんなときは
最初はAmazonで本をポチるとかでもいいと思うんですよ。
小さいことからコツコツと、いやポチポチと、じぶんの愛犬ポチを連れ回したらいいと思うんです。



ぼくの好きなブロガー三森さんがぼくと同じようにポチポチしすぎて困ったという話を書いていて。

たまに考えるんですけれど「欲しいけれど高いのでセールを待とう」と思う本て、本当に「読みたい本」なんですかねー。「セールだから買いたい」って、買いたい欲を満たすことに主眼が移っていて、読みたい欲とは少し別のところに行ってるような、ないような。

読みたい本と、買いたい本と。 - ゆるふわいずむ

「紙だから電子書籍だから」自体は直接の問題ではなくて、「すぐ手に入るか/手に入らないか」「お得に手に入るか/手に入らないか」あたりが基準になってる気がする。というかこの基準で買うのを諦められる本は、買いたい本で読みたい本じゃないのかもと。

読みたい本と、買いたい本と。 - ゆるふわいずむ

そう、ポチポチした本って、内容が読みたいかどうかはわからないんだけども
これをぼくはポジティブに考えたいと思っていて
そのときに「興味ある!」ってじぶんを受け入れた勲章みたいなもんだと思うんです。
なんかテンション上がっちゃって「二次会行くうううう!」みたいな言ってしまった夜もあるでしょう。

だから、買うか買わないかはどうでもいいから、
まずはカートにどんどん入れていく。


あとはSNS
こっちはもっと手軽にノータイムポチりをできる。
ぼくはSNSを開いたときに、とくにFacebook
上から三つの投稿には問答無用でいいねポチしています。


どれだけ個人的意見の偏りが激しかろうが、
どれだけ幼い意見だろうが
どれだけのろけ投稿だろうが
よだれをたらしたパブロフの犬状態のポチを解放します。
のろけ投稿を見て涙で前が見えなくなって「もうやめてあげて、ポチ」って思ってもポチを止めません。


そうやって、こり固まった熟年バッターみたいにならないようにしています。


 ***



ぼくはこれからも老害になりたくない。
だってこれから2人で1人の老人を支えていく時代になるのだ。
年金を払ってくれるのは若い世代であり、新しいことをやっていく世代ですもの。

同じ老体なら、感性だけでもみずみずしい語りがいのある老体になる。


人生を、かっぽしよう
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