人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

「金のなる石」を山形 立石寺で見つけた

エッセイ お金 東北 まち歩き
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金のなる石がある。
山形で見つけた。



IMG_3880


いや、もちろん、石から硬貨が出るはずもないのだけどね。


山形の立石寺(山寺)に行ってきた。

https://instagram.com/p/6b1uNqRGNg/
夏休む#山寺#山形 #東北



『閑さや 岩に沁み入る 蝉の声』
松尾芭蕉の俳句で有名な場所。


比叡山から火をもらい受けた、由緒正しい寺。

http://www.rissyakuji.jp/img/top_map.jpg



本堂へと向かう階段が上へ上へとつながり、
一段一段のぼるごとに、煩悩のかたまりであるぼくの煩悩もなくなっていく気がしました。
気のせいだとか言わないでください。


ふと、「それ」にきづいたのが階段も後半へとさしかかったとき。


階段をのぼる途中であるのが
阿弥陀洞」


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もともと大岩だったのだけれど
雨水など自然のちからで開いたへこみ全体が、
偶然にも仏さまの座している姿にみえるというもの

写真だとちょっとわかりづらいかとも思うけれど
たしかにそう見えて
目の前にすると、そのなんとも言えない偶然のすごさ、ありがたさに
じぶんのなかにひろがる気持ちをあらわしたくなる。


そして、そこで見つけたのが
この、「金のなる石」


IMG_3880


石のわずかなすきまに、おとずれたひとたちがお金をさしているのです。


これを見たときに、最初、なんだか変な気がして。
「賽銭箱(さいせんばこ)もないのに、ここお参りするところじゃないのになあ」と。


けど、思い返してみると
そこまでの階段でも、ところどころに、
賽銭箱もないのに、へこみがあればお金をおいているのが見られました。


そして、お金だけじゃなくて、お菓子だの、花だの、いろんなものも置いている。



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そこまで来て、そうか、と。

なんでもいいのです。かたちなんて。
別にお金じゃなくてもいい。


ぼくは生まれてこのかた、
賽銭箱がきちんとあって、
そこに決まった日にお金を投げ入れて
手をあわせることしかしてこなくて。

けれども
べつにそんな決まりきる必要もなく、
ずうっとむかしから、人間がやってきたこと。

神様か自然かそれ以外かはわからない、
そういう大きくてありがたくて、
なんと声をかけていいか、なにをすれば届くのかわからないものに、
とにかくなにかしらのかたちで感謝を届けていたんだろうなと。


感謝をつたえるための、コミュニケーションの道具。

それが、いまは、お金なんだろうなと。


ちょっと調べてみると
賽銭をするようになるのは、一般のひとびとがお金をふつうに使うようになった、江戸時代そこいらからのことで、それまではお金ではなく、布や食べ物だったんだとか。


そういうものを見て、知って、
お金というものへの価値がまた、変わるんです。
それはただの「商品交換券」じゃないんだと。

いまやお金っていうと、無機質な匂いしかしないイメージに、
ちょっとだけする感謝の残り香が、そこにはありました。


うつせみの
感謝の香る
階段を


まで考えてみたけど、下の句が浮かばないから募集中。




山形。立石寺
感謝の残り香がする場所。


IMG_3885


立石寺についてもっと知るならこちらもぜひ。www.rissyakuji.jp

人生を、かっぽしよう

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