人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

超人見知りの僕でもパーティー・交流会という「ムラ社会」を生き抜くための具体的な戦略をまとめてみる

コミュニケーション
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人見知りだ。超絶人見知りだ。困る。


なのにパーティーみたいな大人数の場所が好きだったりする。
いや、だから好きなのか。


いろんな場をじぶんで作ってきた。


じぶんでつくるときは、人見知りを気にしなくていい。
「主催者」という立場を存分に発揮して話せるからだ。
主催者というのは場における特権階級みたいなところがある。




しかし、だ。


主催者ではないとき、だ。


人見知りが発動する。


どれくらい人見知りかって言ったら、二度目に会った人間ですら目を見れず、さらには顔を合わせない。顔を合わせないどころかそちらの方角に顔を向けることができない。
まるで首がそれ以上の角度回らないようになあれ的な黒魔法がかかったみたいにそちらを向かない。
そんなわけないでしょと言っていた友人がその現場を目撃して大爆笑を5分ほど続けたときがある。



そんな人見知りだが、パーティーが好きなので話の輪という「ムラ」の中に入る方法を身につけねばならないと思って数年間かけて編み出した戦略論を書く。


そろそろ年度末、大小さまざまな集まり、さらにはこれを逃したらもう会えない的な人との場などで活躍すれば幸いである。



これは、人見知りがムラの中で生き残りをかけた実話である。


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15名くらいになってくると、ひとつのテーブルで開かれていた飲み会でも、時間の経過とともに小グループに分かれる傾向にある。




大切なのは、じぶんが混ざりたい小グループに最初から入れないとき。
たとえばあっちのグループに話したい人がいるんだとか、好きな子がいるんだとか、生き別れたお母さんを見つけたとか、そういうとき。


こういうときは、まずいかに今いるグループからするっと抜け出せるかということが課題になってくるわけですよ。




そのときは、




用事を作って抜け出す。




これに尽きる。




中盤あたりの時間だったら、トイレでもいいです。


けど、序盤のほうにそんなトイレ行ってたら身体の心配をされてしまうので、たとえば「料理を取りに行く」とか「注文をするためにメニューを取りに行く」とかそうやって用事を作ってスルッと抜けだします。


そのとき、抜けていくときの礼儀として、最後まで会話に参加して笑うなどして参加意識を示したまま抜けるのが礼儀です。
そうじゃないと「あいつここが面白くなくなって抜けて行きやがったな」とか思われてしまいます。人間社会というのは複雑です。


ですから
「あはははははははははh……」
みたいなイメージでデクレッシェンド(次第に弱く)を意識しながら消えていく。






そうして抜けた後、お目当てのグループに入るのですが、まあそうですね、人見知りはここが一番しんどかったりします。




見知らぬ人間がいきなり会話の中に入ってきたら
「なにこいつキモッ!気色悪いっ!塩まいて!」
なんて思われているんじゃないだろうか。




ってことを本気で思っています。
他人の気持ちをおそろしく気にしてしまうのです。そして被害妄想がてっぺんまでフルテンで駆け上がるのです。




だからその内なるデーモンとの葛藤になります。ぼくの20数年間はそうです。




そんなぼくはここをどう切り抜けるか。




まずですね、ドリンクを持って、入りたい輪の外側に陣取ります。
気持ち半歩引いたポジショニングがベストです。

たとえそこに生き別れた母親がいようとも、ここはまずは我慢です。




飲み会やパーティーと思って侮るなかれ。




そこはひとつのムラなのです。




ムラの中心に新参者がいきなり入ってきて話しかけても弓矢を乱射されて帰らぬ人になるか、村八分です。
そしてそこには「話の中心になっている人」という「ムラの族長」がいます。
ムラのものに受け入れられ、族長に受け入れられねばいけないのです。




ということで、ムラという名のグループの大外に近づいたらこう言います。




「お邪魔してもいいですか?」




そのとき、最大限の礼節をつくしましょう。そして可愛げも。




「お邪魔してもいいっすかあ?」
みたいにチャラく言うと、そのチンパンジーにも引けを取らない剛力によって首ごと持ってかれかねません。




ということで、


ちょっと首をかしげながら、
やや上目遣いで
そう、まるでのれんをくぐるような角度で。そう。
その角度でできる限り話を邪魔しない声の大きさで入ります。


しかしもしも、そのムラが大きかったら。
「お邪魔してもいいですか?」
を族長に聞こえるように言うと、無礼者とされて村八分という冷遇を受けてしまう。
「いちいちそんなこと言ってくるめんどくさいやつだなぁ」と思われる可能性があるから。

ここが、ムラ社会の面倒くさいところである。

ムラの規模が大きいときは、いきなり族長にお目通りやら声を届けてはいけない。
ムラの規模が小さいときは、族長のお目通りも受けずに入り込むと無礼者とされる。



さて、見事ムラの外側にポジショニングできましたならば、次は受け入れてもらう準備です。

すぐに言語コミュニケーションを図ってはいけません。

ムラのことに新参者が口出しをするなど無礼極まりないからです。

ではどうするか。

どうやって受け入れてもらうか。



笑いかけるのです。



古来より笑顔、スマイルは敵意がないことを示してきました。

それは21世紀にも受け継がれ、その威力を思い知った某マクドナルドが経営の立て直しのために復活させたほどです。

昔はよくジャンケンで負けたやつがスマイルを30個くらい買いに行かされ「人数分しかご用意できません」とあしらわれ、なるほどスマイルっていうのは枯渇資源なのだなと思ったほどで。


その人類の最大の資源、言語を使わないコミュニケーション、スマイルを使います。

そして、話している内容に笑い「こちらはそちらに興味ありますよ」ということをそれとなく伝える。

すると、相手も少しずつ仲間意識をこちらに持ち始めるわけでございます。



さあ、そうしたらついに言葉を発するタイミングです。
ムラの民たちと初めての人間的コミュニケーションをはかるのです。


しかしながら、焦ってはいけません。


いきなり交流を図ろうとすると、「ナニコイツ、ナニコイツ、クサイクサイ」みたいに反応されるので、ムラの民から反応してくれるのを待ちます。



じゃあ何から始めるのか。



ひとりごと。
です。



中心で起こってる話に「へえ」「おもしろい」「そうなんだ」「すげえ」みたいなことをとにかくひとりごとでコメントしていくのです。

すると、外側にいた民が少しずつ体をこちら側に開いてくれたり、こちら側を見て話をしてくれるようになります。

これはムラの民が心を開いてくれたということなのです。


そうしたら、反応を返していいよ、という状態なので、これにて見事ムラの仲間入り。めでたい。


しかしながら5人以上のムラだと、もう一段階こえることが必要だったりもします。

ムラの族長がまだこちらにまで話しかけない。
こちらから話しかけるのはまだ危ない。首を持って行かれるかもしれない。

それならば、である。



外側の人からコミュニケーションをはかっていく。
「すごいっすね」「そういうことあります?」「え、どういうことですか」


すると、ムラの者が新参者を受け入れているのを見て、族長やその幹部たちも受け入れ始める。
そうやって、族長とダイレクトにコミュニケーションをとることができ、ムラ全体に受け入れられていく。



こうして、見事じぶんが話したいところの輪の中にスムーズに入ることができた。


そして晴れて、生き別れた母親と接触をはかることができるのです。
めでたい。


しかしながら、この戦略論と人見知りを克服するのはまた別である。
わたくしは人の目が見れないので、女性と話すときはどうしても乳や足ばかりを見ているように見える不届き者である。


だれか助けてください。


人生をかっぽしよう

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