人生かっぽ

人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

平成世代は手放すことから始める

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やっと部屋が入居できるようになり
やっと洗濯機が届いて、
やっと冷蔵庫が届いて、
やっと人並みの生活ができるようになりました。


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抜けているもんだから、洗濯機も冷蔵庫も「取り寄せる期間」というものの存在を忘れていて
5月中旬に入居可能になってから店に行って
そこでしばらく時間がかかることを知り、
冷蔵庫と洗濯機はなしで生きていました。

幸いにして、コンビニが近くにあるから、
欲しい時に欲しいものをちょこっと外に出かければ買いにいけるもんであり、
ああ、まあなんだかんだでやっていけるもんだな、と実感した次第。

けれども卵。
こればっかりは冷蔵庫で保存せねばならぬもんだから
なかなかに卵欠乏症になりかけましたよ。うん。


洗濯機がない間は、車で近くのコインランドリーに出かけて、
洗濯機を回している30分ほどと、乾燥機を回している15分ほどは
車の中に戻って、リクライニングを倒してAmazonビデオで映画を観て過ごした。

乾燥機って家になかったタチだから、
使ってみる瞬間はなんだか大人の階段を一段上がったみたいで、
そして何よりも取り出したときのほかほかとした優しい感じがもうなんとも言えず
そのほかほかを味わいたいがために週末喜んでコインランドリーに行くのでございました。

洗濯機が部屋に到着して、いそいそと洗濯機を回していると
コインランドリーに行く必要ないんか。
というちょっとしたさびしさが広がって
というか、なんやら豊かな時間の一部を手放してしまったような気持ちになり、
不自由を解消したはずなのに、なんだかすごく不自由になってしまった気がしまして。

そうやって考えてみると
洗濯機を買ったことで、ぼくの生活から
・乾燥機のほかほかした優しさ
・洗濯と乾燥待ちの間の寝転がった映画鑑賞時間
という2つが消えてしまったとするなら
けっこう損してんじゃないの。
なんて思うわけで。

いや、そんなら部屋で洗濯しているときに映画でも観なさいな。
なんて言われそうだけど、
部屋にいると、気分の切り替えみたいなものが生まれず
なんでもできる状態だから逆にこれをしようという気分にもなりづらい。
ぼくの生活から「これするときはこれをやる」みたいなきっかけが失われてしまった。



なんでもあるから、なにかをやろうとしないのだ


って思った。


そんなことを思ったとき
『モチベーション革命』という本に書いてあった、「乾けない世代」について思い出しました。

団塊世代より10年以上も上の彼らは、戦後の何もなかったころに、欲望と共に成功に向かって駆け出しました。

お金を稼ぎたい、広い家を建てたい、いいクルマを書いたい、きれいな女性を抱きたい。
欲望への飢餓感と上昇志向と共に成り上がっていきました。

ないものを、いかに埋めるか。それが最大のモチベーションだったのです。

しかし、時代は大きくうつり、今の30代以下は団塊世代以上とは全く異なる価値観を持っています。

生まれたころからすでに何もかもがそろっていたので、物や地位などを欲して頑張ることはない。

埋めるべき空白が、そもそもないのです。

そう、あなたには生まれたときから「ないもの」がない。だから何かが欲しいと「乾けない」。
だから、あなたの世代のことを「乾けない世代」と呼ぶことができます。

『モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書』より



ぼくらが生まれたとき、当たり前に家具があった人のほうが多い。

テレビ、冷蔵庫、洗濯機が「三種の神器」なんてのは、歴史の教科書の話であって。

ぼくらは逆に、「ないもの」を埋めてきた時代に疑いをかける。
「本当に必要なの?」
「要らなくない?」
なんて。



いまの30歳以下、
平成世代は、手放すことから始める。
当たり前に今までのものを必要とはしない。




あ、ここには昭和63、64、元年も含む。なぜならぼくも仲間に入れて欲しいから。


ぼくの同世代の知り合いはテレビを持たない人が多い。
テレビを持てないのではなくて
テレビを持たないわけだ。

ガスコンロを持たない人も多いし、
フライパンを持たない人もいる。
全部コンビニがあれば足りるんだ、と。

そうやって生活の中からいろんなものを省いた先に何を手に入れようとしているのかははっきりとはわからないけども

ぼくの場合は、あの乾燥機の与えてくれるほかほかした優しさと映画の時間、それから今日は何を観ようかなとワクワクする時間だった。


そう考えると、無くしてみて意識するのは、
逆に「欲しい」という感覚なのだし、
それは「目的」みたいなことなんだろうな。


洗濯機、本当に必要だったんだろうかなんて考え始めてる。

あのほかほか、忘れられんのよ。


人生を、かっぽしよう