人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

本当に日記に書きたいことは夏休みの宿題なんかに出してたまるか

エッセイ 電車
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「あんだ、日記に書ぐごどいっぱいあんじゃない」

隣に座っていたおばあちゃんが、孫に向かって言う。
視線の先に広がる窓の外の風景から、かたときも目を離さない男の子。

たぶん、これから電車に乗って、
「ザ・夏休み」みたいなところに向かっていくんだろうと思う。





日記に書くことか。

IMG_3789


小さい頃は、あたりまえにあった日記という宿題。
最近はもうほとんど書くことはなくなった。
いま、ぼくが日記を書きなさいという宿題を渡されたら、何を書くんだろうか。

昔よりもよく書けるだろうか。
上手いことは書けるだろうなと思う。
けど、それは単に文章が上手くなっただけなのかもしれない。


日記の宿題。
じぶんがものすごい良くて胸いっぱいに広がる思い出を過ごした気でいても
いざ紙に書き始めると、あんがいなんだかつまらなくて、
なんだこんなもんかと思ってしまった。

だから、なんとなく絵日記というのがそれほど好きではなかった。

書いてしまうと、じぶんが味気ないもののような気がしてしまっていた。


「今日は家族と食べました」
「今日はレモンを見ました。それはそれはとても素敵なレモンでした」
伝えたいことがあるのに、頭のなかにはとてもキレイにひろがっているのに、
それを伝えるためにじぶんが持っている言葉を使った瞬間に、
なんとも味気なくなってしまったりポエムっぽくなってしまった物悲しさを思い出したりした。


そういう言えば、絵の授業でも同じようなことを思った。
下書きの段階まではとても素晴らしい絵になる気がしていたのに、
絵の具を使って色を塗り始めた瞬間に、なんとも陳腐になって、
いや、じぶんが伝えたかったのはこんなんじゃないし、と思って、
絵の授業がとても苦痛だった。
全部下書きで終われるならいいのに、と。


技術がともなわなかった頃。


伝えるというのはなんとも難しかった。


「日記に書けること」
ってのは、
「日記に書きやすいこと」
ってのも意味していると思う。


簡単な伝えかたをしたとしても、
だいたいのひとにすごさが伝わりやすいということ。

けど、じぶんはそれじゃ嫌だと思っていた。


簡単に伝わりやすいことは、すでにひとのあたまの中にあったことで
じぶんが伝えるよりはるか前に「面白い」「きれいだ」「すごい」なんてわかっていたことで。
それはじぶんが伝えないと相手のあたまに生まれないことじゃないと思っていた。
だれでも経験できて、だれでも書けることだと思っていた。

そういうことを、伝えたいわけじゃなかった。

たとえば皿に乗っていたレモンがどうしようもなく綺麗だったときとか、
たとえば車窓から見えるレールがどうしようもなく希望に満ち溢れていたりとか、
ぼくたちが、絵日記に描きたいことって、たぶん、
そういう伝わりづらいことだったんじゃないかなと思う。


じぶんにしかわからないだろうキレイさを一生懸命伝える努力をしながら、
けど伝わらなく、どうして伝わらないんだろうとか思いながら、
それでも伝えることをあきらめなかったり、
たまにあきらめたり、
たまにまたやる気を出したり、
そういうことをしながら、けっきょくそんなに伝えてどうするのってたまに思ったりするのだけど、

つまらない運動会の練習中に砂いじりをしていて見つけた、
とてもとてもきれいな石英の石をみつけたときに、
世界にこんなにきれいなものがあったんだよって
友達に自慢するのか共有するのか区別できない気持ちを、
ぼくらはずっと持っているんだと思う。



電車のなかの男の子の横で、ぼくもじぶんの肩越しに広がるながれてく景色を見てみた。

あの男の子が視線の先でとらえた風景はなんだったのだろう。
とか思いながら、ぼくもブログで日記を書きつづけている。


良い一週間を。


人生をかっぽしよう

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