人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

やっぱり僕は言いたい「大学生ならブログ書こう」と。僕らが大学を捨てなくてもいいように

ブログ 大学生活
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「ブログ書こうぜ」とぼくは大学生にずっと言い続けてきました。


ぼく自身も、大学からブログを書き始めて、その威力に気づいたひとりです。



どうしてぼくが大学に通った上で「ブログを書こう」と言うのか。


それは大学生であるぼくが、かつて「ズレている環境」にいると気づいたから。

「世の中に提供できる価値」と「やりたいこと」のズレ。


ぼくらは大学をこうして捨てる

いちご大福
いちご大福 / "KIUKO"


大学生のとき、ぼくも、まわりの人も、
「やりたいこと」を探していました。

どんなことを勉強しよう、
どんなことを勉強したらいいんだろう、
そういうことにぼくらはもがきながら、
講義出て、本読んで、バイトして、自主休講して、布団から出なくなって。


それから数年して
就職とか働くことが目の前に来たとき、
突如として
「あなたの価値はなんですか?」
「あなたはこの会社を通じてどんな価値を提供しますか?」
と問われる。

「こういうこと勉強してきました」
「うーん、それは価値ではないよ」


やりたいことばかりが目の前にあって、
やりたいことだけを純粋に追いかける環境にあった大学生にとって、
この「提供してくれる価値はなんですか?」という質問は大きなカベで。




じぶんのやりたいこと、やってきたこと
それが世の中にどんな価値があるのか。どこが面白いのか。
それを確信して、じぶんが面白いと思えるのは、とてもとても難しく。


「はたらく」という「価値提供」

「やってきたこと」という「提供したい価値」
これはちがうもんだと思い始める。


そうして、ぼくらは
「やりたいこと」から始まった「じぶんが提供できる価値」が
「世の中が求めている価値」とズレてることに気づいて、
いつの間にか大学を捨てる。



どうして大学生は世の中とズレているのか

イチゴ大福
イチゴ大福 / kaige


そもそも
じぶんが提供できる価値っていうのは、
最初からわかる方がめずらしくて。

価値なんていうのは、じぶんひとりの頭のなかで決めることではなくて、
たえず変化する「世の中」という「じぶんの外側」の状況でその都度決まる。


たとえば、
いまじぶんが民法の知識が豊富で、それが世の中に提供できる価値だとしても、
いざ世の中に出てみると、
必要とされているのは憲法で、
さらには、憲法をわかりやすく説明してくれる能力だったりする。




そういうふうに
「じぶんが思っている提供できる価値」と、
「世の中が思っている提供してほしい価値」っていうのは、けっこうズレていて。


そのズレに気づくには、
たえず世の中を観察して、世の中とコミュニケーションをとって
「こんなんあったらうれしいですか?楽しいですか?どうすか?」
って試しつづけて実感をつかみとる必要があるんです。


そうしながら少しずつじぶんと世の中のズレを修正した人が、
「価値あることを提供してくれる人」
として認められるのだと思います。




そう考えると、
大学生って、「価値ありそうなこと」をインプットする場所としてはとても良いし、
それを仲間と切磋琢磨する場所としてはとても良いのだけど、
それは結局、井戸の中にいる状況だったりして、海に出ると
「話ちげえじゃん、そもそも井戸の水と海の水の質ちげえんだけど!」
ってびっくりしてしまう可能性大。


こうやって、大学はズレていくぼくらを生み出してしまう。



だから、ブログ。書いて書いて書きまくれ!

喜田家いちご大福
喜田家いちご大福 / snotch


だから、そのズレを目で見て、修正して、少しずつ少しずつ、受け入れられるようにしなきゃなあって。


ブログは「提供してほしい価値」をつかんでいく小さな練習としてとてもいいんです。

コストもほぼ0。
どこでもつくれる。
すぐに反応がわかる。
面白ければどこまでも拡散する可能性がある。
ダメならまた書けばいい。



ぼくがじぶんの価値を実感した瞬間

塩大福豆大福
大福豆大福 / hirotomo


最後にぼくがブログで価値を確信した瞬間があるので、
それを書いておきます。



今でも忘れない。
電車の中、若い女性が二人。

「これどう思う?」とケータイの画面を見ながら話していて。


それが、ぼくのブログ記事だったんです。コミュニケーションの。


そのときには、ぼくのブログはそこそこ拡散され、見られていて。

ただ、「じぶんの価値」がどこにあるのかは確信がなく。


けど、そのとき、そういう場面に出くわして「ああ、受け入れられてるんだ、価値として」と思えて、自信がついたんです。

コミュニケーションについて一生懸命考えてきたことが、価値として受け入れられた、と。





どこから始めようか?


いちご大福_1
いちご大福_1 / dreamcat115



ブログっていうと、なんだかものっすごく長ったらしく書かないといけないと考えていることが、
いろんな学生との「ブログやらないの?」という話からわかって。




ぼく、別にブログは40字から始めてもいいと思うんです。


じぶんで書こうと思って書くという点からすれば
講義のなかで出席点のためだけに書くコメントペーパーよりもよっぽどいい。


書いた後は何にも残らないようなものよりも
よっぽど財産になるし。


友人にだけ公開してもいい。
「あのブログの話さ」
というところから話が始まることもある。
会ったときの時間の深みが増す。


どうせレポートなんて書いたって、人に見せたりする人のほうが少ないし。



***


価値がないわけじゃない。
価値に気づいてもらえないだけ。

だったら捨てる必要はない。
何度もなんども発信して、
気づいてもらうまで、練習すればいいんだって思うんです。


だから言うんです。
「大学生、ブログ書こうよ」
って。



人生を、かっぽしよう
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