人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

何もかもうまくいかないのは、良い結果を出してるときから始まるのかもしれない理由。

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すっごい自分が上手く行き過ぎて怖いと思っていたら
次の日、叩き付けられることが何度もあった。
永遠と続くかのような上手く行かない状況に。




スランプはなぜ始まるのか?

予想した結果よりも悪い結果を出したときに
人は落ち込む。
それが続くとスランプと呼ぶ。

けれど
本当のスランプは良い結果を出したときから始まるものだと思う。


例えば自分が
文書ファイルで作業をするときに
40分で終わるはずという予想を立てる。
その結果が
1時間かかったら反省するが
15分で終わったら喜んで終わる 。


例えば自分が
イベントを開くときに
集客の人数に40人という予想を立てる。
その結果が20人という
期待していた人数を下回るときはもちろん
振り返り、原因を探し
その原因を改善する次回案を考え実行に移す。
けど、60人集客できてしまったら喜んで終わる。


かつて上手く行き過ぎていた自分はそうだった。
多いに越したことはないから。
けど、勝ちすぎることは
喜んで終わるべきことではない。
原因を探すべきことだと気づいた。


どうして勝ちすぎることは反省すべきことなのか?

出来過ぎ
というのは怖いことだ。
感情的には嬉しく感じさせながら
気づいたときにはスランプのどん底へと叩き付ける。

なぜか?
勝ったなら良いのではないか?

野村克也氏の言葉に
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負け無し」
というものがある。


その他の名言についても詳しくはこちらに解説があります。
僕の大学1年のときの愛読書でした↓

野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉



これは「負けたらそこには原因があるものだよ」
という意味の言葉に捉えるのが普通だけれども
僕としては前半にこそ注意したい。


「勝ちに不思議の勝ちあり」
というのは
「こうしたから勝ったんだ」
という原因が自分でも意識できていないと言うこと。
自分でも予想しない別のことが関わって来て
原因を突き止めづらい
けど、勝っちゃったということだ。


負けたら悔しいから原因を探そうとやっきになる。
しかし一方で
勝ったら負けたときと違って結果ばかり見るから
不思議に勝ってもその原因を探そうとはしない。

結局
「なんで勝っちゃったんだろうね。調子良いなあ」
で終わってしまう。



勝ち過ぎと確信は違う


矛盾するような話ではあるけれども
意識しないで勝っても良いときはある。
最終的に技能が身に付くときというのは
意識してできる状況から、意識しなくてもできるようにすることだから。

ただ、スランプを呼ぶときとこの場合が違うのは
どうして上手く行くか説明してみろと言われると
上手く言葉にはできないが説明はできる。

つまり、確信して成功しているということだ。



結果は一瞬の喜びとして捨てる。


勝ちにしても、負けにしても
その前には原因がある。

勝ち続けたいなら
結果から判断してはいけないのだろう。
振り返るときは
予想と合っていたのか、外れていたのか
そこにこそ注目し続ければ
自分は貪欲な勝者になることができる。
そうやって僕は貪欲になることにした。