人生かっぽ

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人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

どうして議論は口げんかになってしまうの?

簡単ファシリ講座
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議論をしていると全然噛み合わなくなって
あれ、自分たちはいったい何を議論していたんだろうね?

と言う人が結構多いみたいですね。

僕も議論慣れしていない時はそうでした。

議論をし終わった時には
いっつも虚無感
で、何について自分たちは深めたのか
そして何を自分たちは得たのか


だから書いてみたんです。
とにかく議論の流れを
どんな疑問が出て
どんな意見があったか

そうするとひとつ気付いたんですよね。


自分たちは
抽象的な言葉で
ずっと議論しているだけだ、
と。



例えばある製品の価格の決定ひとつとっても
「今の価格設定では高すぎる」
「いや、抑えました」
「まだ抑えられるだろう」
「これ以上抑えるのは無理なんです」
「どうしてお前はいつも無理と口にするんだ」
「無理なことを冷静に判断して無理って言っているんです。判断の速さも必要です」
「もう少し頑張って見るってことも必要だろう?分析が足りないんだ」
「分析は十分にしました」
「全然十分じゃない」

どうですか?
結構周りでこういう議論をやってませんか?
やってますよね?

結局ここで一番問題だったのは分かりますか?
どうして生産的な話から口げんかになってしまったのでしょう?


そもそも「高い」ってどれくらいなのかを議論していないってことです。

だから大事なことは
抽象的な言葉が出てきたら具体的に表してもらう
ってことです。
具体的ってのは例えば「数」ですね。

そうすれば

「高いってどれくらいからですか?」
「何円ですか?」

って質問することもできます。

それが分からないと、そうすればこんな議論になります。

「その値段だと●●という部品を取り外す必要があり、製品の質は確実に落ちてしまいます。」
ってな感じに。