人生かっぽ

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人生かっぽ —佐藤大地ブログ

哲学、言葉、人生観、仕事、恋愛、など人生をかっぽするような物語をつむぎます。宮城県 仙台市を主な活動拠点とする佐藤大地のブログです。2014年からEvernote公式アンバサダー。大学院では政治学を研究していました。

佐藤ノート№15 〜完璧の岸壁〜

佐藤ノート
follow us in feedly


「なぜ大学に落ちたんだろう?」
そんな風に聞かれたら
必ず言うことがあるだろう。

「完璧主義者だったからすかね」

完璧主義者であることを
受験までは意識しなかった。
それほど困らなかったからだ。
しかし、受験のように、少なくとも
数字という結果を求められる世界では
時間を湯水の如くは使えない。
一分、一秒に対しての
最大効率を考えなければならなくなった。

一浪目のノートは綺麗だった。
誰かにみせるための完璧主義の結晶ノート。
自学の進むスピードも遅かった。
他の人の二倍時間がかかった。
完璧主義者であることを薄々気付き始めた。
だけど、自分がそこでやめたら、
大事な何かを
手に入れられなくなるんじゃないか。
ずっとそう思い、いつも完璧を目指した。

何かがおかしいと思ったのは二浪目だ。
頑張るほどに時間が足りなくなる状況に
行き着いた先の解決策の一つが
完璧主義を改めねばならない
ということだった。

入試だから、
重要なところとそうでないところや
覚えなければならないところと
そうしなくてもいいところがある。
重要なことなんて
何年も入試に携わってきた人たちが
決めるのに、
そんなの自分で分かるという
単なる驕りがあった。
自分の「完璧」は的外れな完璧だった。
また、問題集は一冊全部終わらないと
次の問題集に手を出さなかったし、
第一章から順番にやっていたし、
きちんとできるまで同じ問題を復習した。

結局、人が決めた順番という「きまり」に左右されすぎていたのだ。
いい子でいたかったのかもしれない。

二浪目、

「まあいいや、またここに戻ってこよう」

が、分からない時の合言葉だった。
後回しにして戻ってこないのは考え物だが、
前に全然分からなかったものが
ぐるっと一周して全体を見たことで
少し分かるようになっていることが多い。

大学に入った今でも
完璧主義すぎて修正することが多い。
研究をする都合上、
完璧主義者で良かったなとは思うが、
その度が過ぎたままだったら、
今どうなっていたか分からない。

「まず合格点を取りなさい。
それから余裕があるなら
100点を取りにいけばいい」
と言われてはっとしたことがある。
なんだか
僕を待っていてくれた
言葉のような気がした。